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■00007 : miru × ミヤモトアヤコ 私ともう一人
今回は建築事務所で秘書業務を行っているミヤモトさんのZOの話。
ミヤモトさんのmiruはなんだろう?じっとみることができるもの、みていたもの、、、?。
小さいときの思い出、、、何が好き、、、残っている風景、、、何がミヤモトさんのZOなのかな?
色々と質問された。
そういうのを思い出す作業が普段にはないし、あまり人生でもない質問だったと思う。
私が選んだのは小学校の思い出。
独り言が多かった自分
幼稚園から電車通園で小学校もそうだった
みんなは遊びながらワイワイ通学してて、弟や近所の子もそうだった
そんな時にふと自分で思いついたのが
架空の友達をつくって、、、帰る。帰り道を
それがなんか楽しい、そうすれば皆と同じになる、、、と思ったのがきっかけか分からないけど、自然とそうなったの
道に咲いてる花をとったり、小石を拾ったり、近くの池を見たり、そういうのを見たりして楽しいねっていうことを言いたい友達、そういう友達がほしいと、ふと思って作り出してたんだよね自分の中で急に
人にはいいにくいこと、、、私は人と違うのかな、、、と思ったりもしていた


数年前まで私はとても無口だったんだけど
今はなるべく、言葉にする事で自分の殻を破っていく
自分の殻に籠っていた時は色々なものが観えていなかった
私のなかでのテーマに
新しいものにチャレンジするていうのもあって、、、
それにmiruはすごくリンクしていたの
miruは、初め、うっと思う気持ちもあったけど
やってみてから、提出するかは判断すればいい
そう踏ん切ってくれたミヤモトさんは母校の小学校の近くの数カ所で撮影を試みた。

思い出の場所にいって撮った後の帰りに、偶然に大学時代の恩師にも会えた
すごいタイミングで全てがスススと
過去から今までの点が繋がる
封印ではないけど、観ないでいた処に行ったら全てが紐解けてザザザーッて決壊する
自分に乗っかっていた重たい何かが、とれたような感覚がしたの
そんな日だった
点と点が繋がって流れました
そういう1日だった
だから凄く不思議な気持ちになったの
思い出深い作品

人がなんと言おうとも、これは自分を暖めていたものですと、出して観てもらえる
こう言える作品ができる事って凄いなーと思う
miruを押し売り的にするのではなく、miruはいいから撮ってね。っていうことを
言い方が難しいけど
人に伝えるには、どういう風に言うのが良いのかっていうのを考えている
周りに広めることが私の役目だと思う。
たのしいを振りまく要素をもっている
人には色々楽しいと思う要素が違うから、それと上手く繋がる伝え方が見つかるとザザザーと広がっていくと思う。
miruということを聞いてから無意識の内に1分を考えている
生活の中に1分の物語りを意識するようになって、ネタを探す様な目線をもている
初めての感覚
「 miru 」その言葉、事態に影響された
miruという言葉を発することで、みんなに種を蒔いてるんだと思う
まいた種には、時間と発芽するまでの何かしらの要素がある。
見つめる時間。
みやもさんは、種を真摯にみつめて見事にZOとして咲かせてくれた。
ほんとうに。
生まれた時から映像が身近にあった僕たち世代は
無意識に映像で何かを取り戻そうとしているのかもしれない。
「それでは、上映しま~す。」
● 00007 / 私ともう一人
miruという新たな文化を、心から世界へと広げたいです。

応援して下さる方は、この三箇所のクリックをおねがい致します。
(文・構成:後藤大輝)
ミヤモトさんのmiruはなんだろう?じっとみることができるもの、みていたもの、、、?。
小さいときの思い出、、、何が好き、、、残っている風景、、、何がミヤモトさんのZOなのかな?
色々と質問された。
そういうのを思い出す作業が普段にはないし、あまり人生でもない質問だったと思う。
私が選んだのは小学校の思い出。
独り言が多かった自分
幼稚園から電車通園で小学校もそうだった
みんなは遊びながらワイワイ通学してて、弟や近所の子もそうだった
そんな時にふと自分で思いついたのが
架空の友達をつくって、、、帰る。帰り道を
それがなんか楽しい、そうすれば皆と同じになる、、、と思ったのがきっかけか分からないけど、自然とそうなったの
道に咲いてる花をとったり、小石を拾ったり、近くの池を見たり、そういうのを見たりして楽しいねっていうことを言いたい友達、そういう友達がほしいと、ふと思って作り出してたんだよね自分の中で急に
人にはいいにくいこと、、、私は人と違うのかな、、、と思ったりもしていた


数年前まで私はとても無口だったんだけど
今はなるべく、言葉にする事で自分の殻を破っていく
自分の殻に籠っていた時は色々なものが観えていなかった
私のなかでのテーマに
新しいものにチャレンジするていうのもあって、、、
それにmiruはすごくリンクしていたの
miruは、初め、うっと思う気持ちもあったけど
やってみてから、提出するかは判断すればいい
そう踏ん切ってくれたミヤモトさんは母校の小学校の近くの数カ所で撮影を試みた。

思い出の場所にいって撮った後の帰りに、偶然に大学時代の恩師にも会えた
すごいタイミングで全てがスススと
過去から今までの点が繋がる
封印ではないけど、観ないでいた処に行ったら全てが紐解けてザザザーッて決壊する
自分に乗っかっていた重たい何かが、とれたような感覚がしたの
そんな日だった
点と点が繋がって流れました
そういう1日だった
だから凄く不思議な気持ちになったの
思い出深い作品

人がなんと言おうとも、これは自分を暖めていたものですと、出して観てもらえる
こう言える作品ができる事って凄いなーと思う
miruを押し売り的にするのではなく、miruはいいから撮ってね。っていうことを
言い方が難しいけど
人に伝えるには、どういう風に言うのが良いのかっていうのを考えている
周りに広めることが私の役目だと思う。
たのしいを振りまく要素をもっている
人には色々楽しいと思う要素が違うから、それと上手く繋がる伝え方が見つかるとザザザーと広がっていくと思う。
miruということを聞いてから無意識の内に1分を考えている
生活の中に1分の物語りを意識するようになって、ネタを探す様な目線をもている
初めての感覚
「 miru 」その言葉、事態に影響された
miruという言葉を発することで、みんなに種を蒔いてるんだと思う
まいた種には、時間と発芽するまでの何かしらの要素がある。
見つめる時間。
みやもさんは、種を真摯にみつめて見事にZOとして咲かせてくれた。
ほんとうに。
生まれた時から映像が身近にあった僕たち世代は
無意識に映像で何かを取り戻そうとしているのかもしれない。
「それでは、上映しま~す。」
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2008-04-05 17:17
| miru1.0 / ZO
| Comment(0)
■00005-6 : miru × カメイトモオ、ナカジマヒョウゴ / 満月のひかり、ボイラーのひかり
今夜は、今月末に結婚式をあげる二人の作品を選んだ。
以下は、幸せの絶頂をもうすぐ迎える二人のZOの物語である。
友緒さんは、いつも笑顔である。
いつもほほえんでいる。
なにかとつながるための感性のドアを、
閉めないようにしているのだと、僕には感じられる。
光の円、縁がまあるくぼやけたり、凛とした顔に見えたり、満月の夜はどこかでお祭りが始まっている。そして、胸が騒ぐ。そんなふうにしていつも眺めている。
撮る前にキレイだなっておもってた。その前の日もキレイだったけど、それダイキ君(後藤)から説明をうけて、その日偶然満月で、もう今すぐ撮りたいって思って、その日の夜に芸大の図書館に隣接してる陳列館の門の前に大きい木が立ってて、そこの木の枝から撮ったの。光がぱあってなるのをやりたくて、そのまま撮ってもよかったんだけど、もっとアソビゴコロが(笑)
光がぼわ〜〜〜ってなって(笑)カメラをひいて、満月がぱって見える感じ。
それがやりたかった。満月ってパワーあるじゃん。
アタシは多摩川でクリスタルを満月で浄化したことがある。ずっと光をあててくの。満月がうえにくるまで。意識はしてなくて、きずいたら真上にあったの。いろんな場所でいろんな人がみてて、満月じゃなくても月がでたらそうなんだけど、ある時凄っいみんなで騒いだ日がたまたま満月だったとか、満月選んでやるお祭りもあるけど、たまたまがいいっていうか、そういうのにパワーかんじる。いい日だなあって思ったら、気がついたら満月だったいうかんじ。だからそれに惹かれたんだと思う。

新郎になる中島君は、どちらかというと控え目でおとなしそうに見えるが、
微笑みがいつもどこかにある。柔和さの中に、芯があるのを感じる。
ボイラーの火のひかりを映像に撮りました。起動時、電流値を示すメーターが上がり、
火が点火する様子、点火確認後、点検口が閉まる様子です。
寒くなってくるころにボイラーをたきだすんだけど、ボイラーを置いてるビルは殆どなくなっててね、この仕事を始めて、ボイラーの資格はもってても、そのボイラーを触って、実際仕事としてやることはそうないわけよ。でも、それが撮りたかった。仕事で朝七時過ぎから炊き出して、その会社の始業時間までに間に合わせてボイラーの蒸気を送ってってゆうかんじでけっこうメンドクサイんだけど、
点検の一番最後にあのスイッチオンってして、種火がついて、火見ると落着くじゃん 無事火が点いて今日も一日がはじまるなあみたいな、「ほーっ」て感じかなあ。
ビルの一日をこうなんだろうね、保守するってゆうのをやってるんだけど、夜の定時になったらシャッター閉めてさ、夜間循環やって、朝になったら空調きかせるという仕事。点火してぼーっと起動して動いて火が点くじゃん、種火から本火になってメーターがウィーンってあがってオイル注入して火が点くじゃん。次に点く時は、一旦蒸気が下がって再点火しないとまた同じようなもの撮れないから、朝おつかれさまっした〜って言った後ボイラー室にちょこんとすわって、「あれ帰ったんじゃなかったの?」って言われてから、すいませんこれ撮りたいんでって謝って(笑)、仕事中はできないからこそこそとったんだよ。なんにしよって思って、なんにしよーかなーって
他の人とは被らないようなものにしたいなって思ったから あれにしたのね、他ではみれないかなって。
火好きが高じてか、ファイアーダンスを習うようになり、そこで友緒さんと出合った。
月の光と、火の光の出会い。
式は中島君の故郷である種子島で行われるという。
そういえば種子島は、火縄銃のふるさとである。
どうも火に関係がある。
mitahito=亀井友緒(ヘアーデッサン講師)
中島兵庫(ビルメンテナンス業)/strong>
原則的に一物語一人だが、こんかいはmiruからのお祝いも込めて、
同時上映にしようと思う。
この作品はそんな二人のイメージが結像したひかり(リュミエール)である。
「それでは、さっき出来上がったばかりの新しい映像を、上映しま~す。」
● 00005 / 満月のひかり
00006 / ボイラーのひかり
miruという新たな文化を、心から世界へと広げたいです。

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(文・構成:長岡真一)
以下は、幸せの絶頂をもうすぐ迎える二人のZOの物語である。
友緒さんは、いつも笑顔である。
いつもほほえんでいる。
なにかとつながるための感性のドアを、
閉めないようにしているのだと、僕には感じられる。
光の円、縁がまあるくぼやけたり、凛とした顔に見えたり、満月の夜はどこかでお祭りが始まっている。そして、胸が騒ぐ。そんなふうにしていつも眺めている。
撮る前にキレイだなっておもってた。その前の日もキレイだったけど、それダイキ君(後藤)から説明をうけて、その日偶然満月で、もう今すぐ撮りたいって思って、その日の夜に芸大の図書館に隣接してる陳列館の門の前に大きい木が立ってて、そこの木の枝から撮ったの。光がぱあってなるのをやりたくて、そのまま撮ってもよかったんだけど、もっとアソビゴコロが(笑)
光がぼわ〜〜〜ってなって(笑)カメラをひいて、満月がぱって見える感じ。
それがやりたかった。満月ってパワーあるじゃん。
アタシは多摩川でクリスタルを満月で浄化したことがある。ずっと光をあててくの。満月がうえにくるまで。意識はしてなくて、きずいたら真上にあったの。いろんな場所でいろんな人がみてて、満月じゃなくても月がでたらそうなんだけど、ある時凄っいみんなで騒いだ日がたまたま満月だったとか、満月選んでやるお祭りもあるけど、たまたまがいいっていうか、そういうのにパワーかんじる。いい日だなあって思ったら、気がついたら満月だったいうかんじ。だからそれに惹かれたんだと思う。

新郎になる中島君は、どちらかというと控え目でおとなしそうに見えるが、
微笑みがいつもどこかにある。柔和さの中に、芯があるのを感じる。
ボイラーの火のひかりを映像に撮りました。起動時、電流値を示すメーターが上がり、
火が点火する様子、点火確認後、点検口が閉まる様子です。
寒くなってくるころにボイラーをたきだすんだけど、ボイラーを置いてるビルは殆どなくなっててね、この仕事を始めて、ボイラーの資格はもってても、そのボイラーを触って、実際仕事としてやることはそうないわけよ。でも、それが撮りたかった。仕事で朝七時過ぎから炊き出して、その会社の始業時間までに間に合わせてボイラーの蒸気を送ってってゆうかんじでけっこうメンドクサイんだけど、
点検の一番最後にあのスイッチオンってして、種火がついて、火見ると落着くじゃん 無事火が点いて今日も一日がはじまるなあみたいな、「ほーっ」て感じかなあ。
ビルの一日をこうなんだろうね、保守するってゆうのをやってるんだけど、夜の定時になったらシャッター閉めてさ、夜間循環やって、朝になったら空調きかせるという仕事。点火してぼーっと起動して動いて火が点くじゃん、種火から本火になってメーターがウィーンってあがってオイル注入して火が点くじゃん。次に点く時は、一旦蒸気が下がって再点火しないとまた同じようなもの撮れないから、朝おつかれさまっした〜って言った後ボイラー室にちょこんとすわって、「あれ帰ったんじゃなかったの?」って言われてから、すいませんこれ撮りたいんでって謝って(笑)、仕事中はできないからこそこそとったんだよ。なんにしよって思って、なんにしよーかなーって
他の人とは被らないようなものにしたいなって思ったから あれにしたのね、他ではみれないかなって。
火好きが高じてか、ファイアーダンスを習うようになり、そこで友緒さんと出合った。
月の光と、火の光の出会い。
式は中島君の故郷である種子島で行われるという。
そういえば種子島は、火縄銃のふるさとである。
どうも火に関係がある。
mitahito=亀井友緒(ヘアーデッサン講師)
中島兵庫(ビルメンテナンス業)/strong>
原則的に一物語一人だが、こんかいはmiruからのお祝いも込めて、
同時上映にしようと思う。
この作品はそんな二人のイメージが結像したひかり(リュミエール)である。
「それでは、さっき出来上がったばかりの新しい映像を、上映しま~す。」
● 00005 / 満月のひかり
00006 / ボイラーのひかり
miruという新たな文化を、心から世界へと広げたいです。
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(文・構成:長岡真一)
2008-03-22 05:07
| miru1.0 / ZO
| Comment(0)
■00004 : miru × タカガキタツロウ / 車のテールランプ
今日の物語は本人からの熱いメールをそのまま載せることにしたいと思う。
なによりも雄弁に、それは物語っているから。
僕の両親は毎日喧嘩が絶えなくて、
それに相応するように僕ら兄弟も反抗期的な態度をずっととってたから、
ほとんど家族団らんといったような記憶がない。
家族4人で出かけても、結局喧嘩になっちゃうから楽しくなくて。
今思い出してみると家族4人で笑いまくったなんて思い出はない。
そんな環境の中、特に、弟の僕は家族に素直になれるはずもなく、
今でも親と話す機会は少ないし、話してもすぐに暴言を吐いてしまう。
でも、本当は僕自身親ともっと仲良くしていたいし、
両親には仲良くしていて欲しいし、素直に何でも話したい。
仲の良い家族にすごく憧れてる自分がいる。
親が僕らのことを心から愛してくれてるのは分かってるけど、
僕が素直になれることはないし、いつの日からか腹の底から
楽しむことはできなくなっていったんだ。
すごく寂しいんだけど。
自分が甘えてるだけなのかもしれないけど。
でも、ほんとはもっともっと甘えたくて。
でもどうしても素直にはなれない。
家族と肩組んで仲良くなんて、僕の理想ではあるけれど、僕にはできないこと。

miru撮ろうと思って、
ずっと気になってたサッカー少年達を撮ろうと多摩川に行った。
僕が昔所属していたサッカーチームのユニフォームを着た少年達が懐かしくて。
背中にサッカーボール抱えて、夕暮れ時を自転車に乗って家に帰る
少年達の姿を撮りに行った。撮りたかった少年の絵は撮れた。
でも、それ以上に予期せぬものが撮れてしまった。
ずっとサッカーの練習してた多摩川沿いのグラウンドから
ボーっと撮った橋の上。
車が赤信号で止まってはたまり、青信号で走り始めて流れていく。
その延々と繰り返される作業をぼーっと撮っていたら、撮れてしまった。
昔、自分が家族との時間を心から楽しめてた時の思い出が、
撮れてしまったんだ。
仲良くしてた記憶なんてないと思ってたけど、あったんだよね。
車の中。小学校の時はよく車で移動する機会も多くて。
親が車を運転して、僕と兄が後ろに乗って、よく遊んでた。
流行の曲流してたり、冗談言ったり。
一つの冗談は今でも鮮明に覚えてる。めちゃくちゃ笑ってたなぁ。
今思うと車の中ってなんかすげぇ楽しかったなって記憶しかない。
撮った橋の上を走る車のテールランプを見てたら、その記憶が蘇ってきて。
僕が小4の時に引っ越しした時から車に乗らなくなったから、
もう10年以上親の運転する車に乗ってないやって。
あぁ、また親の運転する車に乗りたいなって、
それ思ったら、涙が出てきたんだ。
でも今じゃ、もう、僕らが運転する立場になってしまったから。
どんどん年老いていく親の代わりに僕らが運転するから。
疲れさせちゃうし、さすがに親には運転させられない。
でも、本当は僕は、親の運転の後ろに乗りたいんだ。
そう考えると、あの頃みたいになんの迷いもなく
車の後ろで遊ぶなんて事はできないんだ。
でも、あの頃の記憶が目に浮かぶし、もう一度乗りたい。
できることなら、もう一度あの頃に戻りたい。
僕はmiruで作品を撮るまで気付かなかったし、
自分の中で車の中の空間が かけがえのない記憶として残っていることになんて、
気付くことはなかった。
あの時の良くも悪くも無邪気な楽しさの記憶だけが、今まだ僕の頭の中にある。
車のテールランプの中に、親への愛と、悔しさと哀しさと歯がゆさと切なさ
みたいな複雑な感情と、自分の頭の中にある美しい思い出が隠れていた。
僕のZOにはそれがつまってるから、それを見ると、
もう実現できない過去の記憶が哀しいのか、楽しかった過去の記憶に浸れて
嬉しいのか、は良く分からないけど、なぜか心が癒されるような感じがする。
近くで見ると車のテールランプがけばけばしく思えるけど、
僕にとってはめちゃくちゃ温かく思えて仕方ないんだ。
作品を撮ってから、
今では夜バイクでの帰り道に、
国道の脇に腰掛けて一人、
車が流れるのを楽しんでます、俺。
mitahito=高垣達郎
「それでは、さっき出来上がったばかりの新しい映像を、上映しま~す。」
● 00004 / 車のテールランプ
miruという新たな文化を、心から世界へと広げたいです。

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(構成:長岡真一)
なによりも雄弁に、それは物語っているから。
僕の両親は毎日喧嘩が絶えなくて、
それに相応するように僕ら兄弟も反抗期的な態度をずっととってたから、
ほとんど家族団らんといったような記憶がない。
家族4人で出かけても、結局喧嘩になっちゃうから楽しくなくて。
今思い出してみると家族4人で笑いまくったなんて思い出はない。
そんな環境の中、特に、弟の僕は家族に素直になれるはずもなく、
今でも親と話す機会は少ないし、話してもすぐに暴言を吐いてしまう。
でも、本当は僕自身親ともっと仲良くしていたいし、
両親には仲良くしていて欲しいし、素直に何でも話したい。
仲の良い家族にすごく憧れてる自分がいる。
親が僕らのことを心から愛してくれてるのは分かってるけど、
僕が素直になれることはないし、いつの日からか腹の底から
楽しむことはできなくなっていったんだ。
すごく寂しいんだけど。
自分が甘えてるだけなのかもしれないけど。
でも、ほんとはもっともっと甘えたくて。
でもどうしても素直にはなれない。
家族と肩組んで仲良くなんて、僕の理想ではあるけれど、僕にはできないこと。

miru撮ろうと思って、
ずっと気になってたサッカー少年達を撮ろうと多摩川に行った。
僕が昔所属していたサッカーチームのユニフォームを着た少年達が懐かしくて。
背中にサッカーボール抱えて、夕暮れ時を自転車に乗って家に帰る
少年達の姿を撮りに行った。撮りたかった少年の絵は撮れた。
でも、それ以上に予期せぬものが撮れてしまった。
ずっとサッカーの練習してた多摩川沿いのグラウンドから
ボーっと撮った橋の上。
車が赤信号で止まってはたまり、青信号で走り始めて流れていく。
その延々と繰り返される作業をぼーっと撮っていたら、撮れてしまった。
昔、自分が家族との時間を心から楽しめてた時の思い出が、
撮れてしまったんだ。
仲良くしてた記憶なんてないと思ってたけど、あったんだよね。
車の中。小学校の時はよく車で移動する機会も多くて。
親が車を運転して、僕と兄が後ろに乗って、よく遊んでた。
流行の曲流してたり、冗談言ったり。
一つの冗談は今でも鮮明に覚えてる。めちゃくちゃ笑ってたなぁ。
今思うと車の中ってなんかすげぇ楽しかったなって記憶しかない。
撮った橋の上を走る車のテールランプを見てたら、その記憶が蘇ってきて。
僕が小4の時に引っ越しした時から車に乗らなくなったから、
もう10年以上親の運転する車に乗ってないやって。
あぁ、また親の運転する車に乗りたいなって、
それ思ったら、涙が出てきたんだ。
でも今じゃ、もう、僕らが運転する立場になってしまったから。
どんどん年老いていく親の代わりに僕らが運転するから。
疲れさせちゃうし、さすがに親には運転させられない。
でも、本当は僕は、親の運転の後ろに乗りたいんだ。
そう考えると、あの頃みたいになんの迷いもなく
車の後ろで遊ぶなんて事はできないんだ。
でも、あの頃の記憶が目に浮かぶし、もう一度乗りたい。
できることなら、もう一度あの頃に戻りたい。
僕はmiruで作品を撮るまで気付かなかったし、
自分の中で車の中の空間が かけがえのない記憶として残っていることになんて、
気付くことはなかった。
あの時の良くも悪くも無邪気な楽しさの記憶だけが、今まだ僕の頭の中にある。
車のテールランプの中に、親への愛と、悔しさと哀しさと歯がゆさと切なさ
みたいな複雑な感情と、自分の頭の中にある美しい思い出が隠れていた。
僕のZOにはそれがつまってるから、それを見ると、
もう実現できない過去の記憶が哀しいのか、楽しかった過去の記憶に浸れて
嬉しいのか、は良く分からないけど、なぜか心が癒されるような感じがする。
近くで見ると車のテールランプがけばけばしく思えるけど、
僕にとってはめちゃくちゃ温かく思えて仕方ないんだ。
作品を撮ってから、
今では夜バイクでの帰り道に、
国道の脇に腰掛けて一人、
車が流れるのを楽しんでます、俺。
mitahito=高垣達郎
「それでは、さっき出来上がったばかりの新しい映像を、上映しま~す。」
● 00004 / 車のテールランプ
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(構成:長岡真一)
■00003 : miru × スズキケンジ / カイトをあげる
「なにが僕のZOだろう?」とちょっとだけ迷って、
「カイトかも」と鈴木さんは言った。
鈴木さんとはよくいっていたカフェで、知り合った。
恐らく2007年に入ってからではなかったと思う。
miruには、3月の時点で140名近い人から作品の応募があった。
東京大空襲の日の10日に、自由が丘でイベントをやるのが決定していた為、
3月に入ってからは、スタッフみなほとんど寝ずの作業で追い込みをしていた。
そんな佳境のただ中で、ようやく鈴木さんのZOであるカイトの撮影をした。
カメラマンとしての鈴木さんの世界は、白が滲んだほの淡い柔らかさが特徴的で、なぜか「やさしさ」のようなものが浮き出ているように感じる。
そんな写真家である鈴木さんがどう映像を撮るのか、僕は非常に楽しみだった。
日曜日の駒沢公園は、すでに春の陽気で暖かく、キラキラと透きとおっていた。
その日の朝ネット注文から届いたばかりほやほやの段ボールをあけると、たしかに僕ですら懐かしいカイトが出てきた。
知らない人のために捕捉すると、カイトとは凧のことで、男の子はよく小さい時に正月とかにあげるやつだ。正月でもないし誰もやっていないと思ってたけれども、駒沢公園では小さい子が結構やっていて、売店で売ってすらいたので苦笑しあった。

そして撮影が始まる。
僕は今ではすっかり老人のようになり時代遅れになったVX1000を回す。
鈴木さんは、もう かんぜんに子供に 戻っていた。
ほんの一瞬、ほんの1分という時間軸のなかで再現された
過去の深い場所に眠っている大切な記憶。
撮影者はその時の映像を脳裏で再生しながら、かつ今その時の風景をも見ている。
カイトは空高く舞い上がり、ばっと手元から話すと、
オリンピック時に作られた聖火塔の近くへ ゆっくりと下降していった。
この作品はZOGAKUSAIというそのイベントのために募集した作品のなかでも、ほとんどラストの作品となったが、僕はそこでmiruということのある種の凄さというか、大切さをあらためて再確認し、なんだか熱くなった。
そんな鈴木さんがちょうど一昨日、結婚式をめでたくあげられた。
ハートが浮かんでいるのが見えるほどの幸せそうな新婚の二人。
そのなかで鈴木さんの顔は、照れた緩みの中で、男らしさを増したように僕には見えた。
凧揚げがとにかく好きな子供でしたね。
手元でくるくると糸を繰り出したり、ひっぱったり。
その瞬間がなんともたまらないんすよね。
あのぐるぐるぐるって紐が伸びていって、そして手首にがちんって来る感じが。
小さい時、実家のある神戸の家の裏山で よく遊んでたんすよ。
その光景を今でもよく覚えてます。
mitahito=鈴木健司(写真家)
カイトを回す手付きは、アナログカメラのシャッターを回すことと似ていなくもない。
「それでは、さっき出来上がったばかりの新しい映像を、上映しま~す♪」
● 00003 / カイトをあげる
(文・構成:長岡真一)
広告写真と藝術写真について若干の付け足しを補足サイトにアップした。
miruという新たな文化を、心から世界へと広げたいです。

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「カイトかも」と鈴木さんは言った。
鈴木さんとはよくいっていたカフェで、知り合った。
恐らく2007年に入ってからではなかったと思う。
miruには、3月の時点で140名近い人から作品の応募があった。
東京大空襲の日の10日に、自由が丘でイベントをやるのが決定していた為、
3月に入ってからは、スタッフみなほとんど寝ずの作業で追い込みをしていた。
そんな佳境のただ中で、ようやく鈴木さんのZOであるカイトの撮影をした。
カメラマンとしての鈴木さんの世界は、白が滲んだほの淡い柔らかさが特徴的で、なぜか「やさしさ」のようなものが浮き出ているように感じる。
そんな写真家である鈴木さんがどう映像を撮るのか、僕は非常に楽しみだった。
日曜日の駒沢公園は、すでに春の陽気で暖かく、キラキラと透きとおっていた。
その日の朝ネット注文から届いたばかりほやほやの段ボールをあけると、たしかに僕ですら懐かしいカイトが出てきた。
知らない人のために捕捉すると、カイトとは凧のことで、男の子はよく小さい時に正月とかにあげるやつだ。正月でもないし誰もやっていないと思ってたけれども、駒沢公園では小さい子が結構やっていて、売店で売ってすらいたので苦笑しあった。

そして撮影が始まる。
僕は今ではすっかり老人のようになり時代遅れになったVX1000を回す。
鈴木さんは、もう かんぜんに子供に 戻っていた。
ほんの一瞬、ほんの1分という時間軸のなかで再現された
過去の深い場所に眠っている大切な記憶。
撮影者はその時の映像を脳裏で再生しながら、かつ今その時の風景をも見ている。
カイトは空高く舞い上がり、ばっと手元から話すと、
オリンピック時に作られた聖火塔の近くへ ゆっくりと下降していった。
この作品はZOGAKUSAIというそのイベントのために募集した作品のなかでも、ほとんどラストの作品となったが、僕はそこでmiruということのある種の凄さというか、大切さをあらためて再確認し、なんだか熱くなった。
そんな鈴木さんがちょうど一昨日、結婚式をめでたくあげられた。
ハートが浮かんでいるのが見えるほどの幸せそうな新婚の二人。
そのなかで鈴木さんの顔は、照れた緩みの中で、男らしさを増したように僕には見えた。
凧揚げがとにかく好きな子供でしたね。
手元でくるくると糸を繰り出したり、ひっぱったり。
その瞬間がなんともたまらないんすよね。
あのぐるぐるぐるって紐が伸びていって、そして手首にがちんって来る感じが。
小さい時、実家のある神戸の家の裏山で よく遊んでたんすよ。
その光景を今でもよく覚えてます。
mitahito=鈴木健司(写真家)
カイトを回す手付きは、アナログカメラのシャッターを回すことと似ていなくもない。
「それでは、さっき出来上がったばかりの新しい映像を、上映しま~す♪」
● 00003 / カイトをあげる
(文・構成:長岡真一)
広告写真と藝術写真について若干の付け足しを補足サイトにアップした。
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■00002 : miru × ゴトウダイキ / 家路に向かう
「1分間ですべてを表現する」
それを聞いた時、だれの心の中にも戸惑いが生まれる。
映像作家などと自分を規定している者は、普通よりもそれは大きいはずだ。
別に作品は「すべて」である必要はないし、日常の光景から切り取られた一瞬であればいい。しかし映像で自分のなにかの衝動を吐き出さなければならないと思っている人間には、それが難しい。
特にmiruは僕と後藤が始めたものであって、恥ずかしいものは撮れない。
だから より「決定的な1分」に向かっていった。彼はなにかを迷っていた。
06年の秋も寒くなりだしたある日、作品ができあがったという。
その作品は「奇跡」だと不覚にも思ってしまった。
いつでもどこでもでもありそうな光景にカメラを向ける。少女が家路についている。猫が横切る。おばあさんが自転車でよぎる。車のヘッドライトでレンズがフレアーをおこす。OL風の女性が車が行くのを待って、道を渡る。それを映画だとすべてを計算しなくてはならないというのに、二人の少女のキャスティングと演出以外は、まったくたんたんと撮られたはずこの1分には、
奇跡としかいいようがない「なにか」が映っていた・・・

僕の こころに残っている大事な風景や思い出
ほんとうの自分につながるもの、ZOというものを探していた。
記憶を探して なんとなく目星がついていたものがある。
それは黄昏時 なんでもない路地を 一人歩いて行く女の子の後ろ姿だった。
映画学校2年のある時、ふと夕暮れの道を歩いていると
歩道ブロックを上り下りしながら家路についている少女を、見た。
一人で 何かに夢中になって没頭している感じで、ある「特別な世界」と一身になっているような気がしたのだ。その時、「ああ、俺にはもう ないのか」このような世界と自分はかけはなれてしまったのだ・・・という、ショックというか、傷みたいなものを受けてしまったのである。
その「特別な世界」とは幼ない時独特の、理性とか見栄とか外面とか意地とか
そういうものがまったくない、つるんとした没頭している感じの世界。
凄いと思った。
これが、僕のどうしても残しておきたかった、そして瞬時にして眼を奪われた 瞬間の記憶。その眼ざしを僕は ずっと映画にしようとしてきた。実は、現在、編集の最終行程に入っているその映画を始めに作ろうとしてから「表現の中心」として抱いていた光景だった。それは間違っていない。自分は自信があった。けれど制作するまでの「最後の一押し」が、振り返れば足りなかったのだと思う。迷いがあったとすらいえるだろう。
ZOと信じたものをmiru1.0で撮り、それを編集して完成した後
僕は、肩の力が抜けた。
眼ざしの本質を、miruを通じて再び発見できた。思い出せたのだ。
先を歩く女の子を見つけ、追いかける女の子。それを見つめる自分。
何も劇的要素もない日常的にありそうな ただの光景。だけど、そのなかにすべてがある。どんな映画をも、もしかすると越えてしまうかもしれないような、途方もない「絶対感」がある。
一体それはなんなのか、どうすればいいのか・・・それを僕は考え続けたいと思う。そのためのヒントは、確実にmiruのなかにあると思う。
だから僕は自信を持って、miruという文化を 発展させていきたいのである。
ゴトウダイキ(映画作家)
そして、この1分は現在最終編集中の自主映画『訪れの前』としてより強められようとしている。その視線への確信が、どのような作品に変貌するのかは僕には分からない。
しかしその彼の「眼ざしへの意志」が、miruを生むためのなかの一つの発端となったことは間違いない。映画の完成が、ひそかに僕はまちどおしい。
(文・構成:長岡真一)
「それでは、さっき出来上がったばかりの新しい映像を、上映しま~す♪」
● 00002 / 家路に向かう
miruという新たな文化を、心から世界へと広げたいです。

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それを聞いた時、だれの心の中にも戸惑いが生まれる。
映像作家などと自分を規定している者は、普通よりもそれは大きいはずだ。
別に作品は「すべて」である必要はないし、日常の光景から切り取られた一瞬であればいい。しかし映像で自分のなにかの衝動を吐き出さなければならないと思っている人間には、それが難しい。
特にmiruは僕と後藤が始めたものであって、恥ずかしいものは撮れない。
だから より「決定的な1分」に向かっていった。彼はなにかを迷っていた。
06年の秋も寒くなりだしたある日、作品ができあがったという。
その作品は「奇跡」だと不覚にも思ってしまった。
いつでもどこでもでもありそうな光景にカメラを向ける。少女が家路についている。猫が横切る。おばあさんが自転車でよぎる。車のヘッドライトでレンズがフレアーをおこす。OL風の女性が車が行くのを待って、道を渡る。それを映画だとすべてを計算しなくてはならないというのに、二人の少女のキャスティングと演出以外は、まったくたんたんと撮られたはずこの1分には、
奇跡としかいいようがない「なにか」が映っていた・・・

僕の こころに残っている大事な風景や思い出
ほんとうの自分につながるもの、ZOというものを探していた。
記憶を探して なんとなく目星がついていたものがある。
それは黄昏時 なんでもない路地を 一人歩いて行く女の子の後ろ姿だった。
映画学校2年のある時、ふと夕暮れの道を歩いていると
歩道ブロックを上り下りしながら家路についている少女を、見た。
一人で 何かに夢中になって没頭している感じで、ある「特別な世界」と一身になっているような気がしたのだ。その時、「ああ、俺にはもう ないのか」このような世界と自分はかけはなれてしまったのだ・・・という、ショックというか、傷みたいなものを受けてしまったのである。
その「特別な世界」とは幼ない時独特の、理性とか見栄とか外面とか意地とか
そういうものがまったくない、つるんとした没頭している感じの世界。
凄いと思った。
これが、僕のどうしても残しておきたかった、そして瞬時にして眼を奪われた 瞬間の記憶。その眼ざしを僕は ずっと映画にしようとしてきた。実は、現在、編集の最終行程に入っているその映画を始めに作ろうとしてから「表現の中心」として抱いていた光景だった。それは間違っていない。自分は自信があった。けれど制作するまでの「最後の一押し」が、振り返れば足りなかったのだと思う。迷いがあったとすらいえるだろう。
ZOと信じたものをmiru1.0で撮り、それを編集して完成した後
僕は、肩の力が抜けた。
眼ざしの本質を、miruを通じて再び発見できた。思い出せたのだ。
先を歩く女の子を見つけ、追いかける女の子。それを見つめる自分。
何も劇的要素もない日常的にありそうな ただの光景。だけど、そのなかにすべてがある。どんな映画をも、もしかすると越えてしまうかもしれないような、途方もない「絶対感」がある。
一体それはなんなのか、どうすればいいのか・・・それを僕は考え続けたいと思う。そのためのヒントは、確実にmiruのなかにあると思う。
だから僕は自信を持って、miruという文化を 発展させていきたいのである。
ゴトウダイキ(映画作家)
そして、この1分は現在最終編集中の自主映画『訪れの前』としてより強められようとしている。その視線への確信が、どのような作品に変貌するのかは僕には分からない。
しかしその彼の「眼ざしへの意志」が、miruを生むためのなかの一つの発端となったことは間違いない。映画の完成が、ひそかに僕はまちどおしい。
(文・構成:長岡真一)
「それでは、さっき出来上がったばかりの新しい映像を、上映しま~す♪」
● 00002 / 家路に向かう
miruという新たな文化を、心から世界へと広げたいです。
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